翼が優子を保健室へ連れてくると、気を失っている優子を見て、養護教諭は驚いた。しかし特に怪我もしていないのでホッとしてベッドを貸してくれた。
「高村、悪いけど彼女の傍に付いててやってくれる? 先生には『足が痛む』とか言ってさ」
優子をベッドに寝かせた後、翼にそう耳打ちされ、健太は頷いた。
案の定、教諭からは教室に戻るように言われたが、『足が痛いので休ませてください』と言うと、教諭は仕方なく休憩することを許してくれた。
ベッドに横たわった優子は、静かな寝息を立てて眠っている。
健太は思わず自分の拳を握った。
もしかして自分は優子のことを何も知らないんじゃないのだろうか?
知っているつもりだった。だけどきっと自分はほんの少ししか知らないのかもしれない。
どうして優子が逃げ出して、しかも気を失ったのか、その心当たりさえ全く分からない。
悔しいが、現時点では翼と変わらない。いや、もしかしたら翼に負けている。
傍にいることしかできない。優子の心を開くこともできない。
好きなだけじゃダメなんだと思い知らされる。
正直、もうどうすればいいのか分からない。
優子の中の闇は深くて、きっと自分なんかじゃ到底光を射すことすらできない。
「ハァ……」
思わず溜息が漏れる。
優子を見やると、穏やかな顔をして眠っていた。起きている時は、何かに怯えているような表情しかしない彼女が安らげるのは、夢の中だけなのかもしれない。
そう思うと悔しくて堪らなくなる。どうして自分は何も出来ないのだろう? 自分には何も出来ないのだろうか?
自然と涙が込み上げてくる。それに気づき、健太は制服の袖で涙を乱暴に拭った。
こんな事で泣くなんて、男らしくない。
きっと一番泣き出したいのは、優子だ。母親が亡くなった時でさえ、涙を流す姿を見ていない。どんな時も、何があっても、優子の涙を見たことがない。
あの日、母親を亡くした日から一層固く心を閉ざしてしまった。そんな彼女をどうすれば明るく笑うようになんてできるのだろう?
何をすればいいのか、全く分からない。
それは途方もない事のような気がした。